出井康博『移民クライシス』角川新書(2019)

 以下、本書を読んだ感想。

 途上国のための人材育成・技能移転といった建て前で、実際は技能実習生は単純労働者として日本で働いている。一部の企業で人権侵害が行われているなど、マスメディアで取り上げられることが多い。しかし、これまで留学生にスポットがあたることはほとんどなかった。その意味で、この著書は積極的に留学生や日本語学校について調査し、まとめている。その点で大変意義があるように思う。なぜ、技能実習生としてではなく、留学生として日本に来るのか?おそらく、本書を読んだ理解では、技能実習生は3年間しか働けないが、留学生であれば、日本語学校2年、進学すれば専門学校でさらに2年、大学の学部研究生やサテライト校などであればさらに数年から4年働くことができるからなのだろう。

 「外国人なしでは日本は成り立たない」という前提に対し、筆者は疑問を投げかけている。日本人が望む「便利な生活」は低賃金・重労働に耐えて働く外国人の存在がなければ成り立たない。また、人権派が唱える「共生」は、家族と来日し、日本人と同様の待遇で働き、移民になることだが、筆者の取材経験では日本で移民になることを望んでいる外国人労働者はほとんどいなかったと述べているのが印象深い(おそらくここで言う移民とは永住目的の外国人)。たしかに、わたしが出会ってきた生活者、留学生たちの中にも、永住を望んでいる人はほとんどいなかった。その大半が、短期間日本で働いてお金を稼ぎ、母国へ帰って家族と暮らすことを希望していた。「共生」できれば、低賃金・重労働を押しつけてもよいのだという発想に警戒を鳴らしていることは、重要な指摘であるように思う。

 以下、細かい内容になるが、少し疑問に感じた箇所について述べる。

疑問点①「除籍」で適正校になれるのか?

 日本語学校は入管から適正校から非適正校へとみなされることをおそれるため、不法残留になりそう、あるいはなった学生を「除籍」にする。「退学」は日本語学校の責任とみなされるが、「除籍」であれば責任が問われない。(p86)

 勤めていた日本語学校では、問題のある学生は「退学」にしていた。学校に来ない場合は、担任が自宅訪問をして退学届けを記入させ、帰国日には穴の開いた在留カードの写真を送るように学生に伝えていた(かつては、空港まで学生を連れて行き、飛行機に乗るまで監視するようなこともしていたみたいだが、人道上問題があるということで今はしていないらしい)。勤めていた学校では基本的に「除籍」扱いにしているところを見たことがないので、本当に正式な退学手続きを取らずに名簿から削除するだけ(除籍するだけ)で責任が問われないのかは少し疑問に思った。それが本当なら、そちらのほうが楽なので私が勤めていた学校でも退学にせず除籍扱いにしていたはず。

疑問点②他の日本語学校に転校できないのか?

 日本語学校には留学生を強制送還する権限がある。学校に問題があっても、転校すら認められないのである。(p96)

 筆者の言うとおり、学費の取りはぐれを防ぐため、悪質な日本語学校は強制送還すると脅して留学生を転校させないのだろう。注意点としては、転校自体はできないわけではない。日本語能力が低いため、自分で転校するための情報を学生自身が集められないというのが正しい。実際に他の日本語学校からの転校生も在籍していたし、他の日本語学校へ転校したいという学生もいた。ただし、転校したいと言って実際に転校したケースはかなり少ない。

疑問点③N1・2合格者がいないと悪質な日本語学校なのか?(教育の質は試験の合格者数でわかるのか)

 専門学校などの授業についていこうとすれば、最低でもN2の日本語レベルが必要だが、日本語学校全体(文科省の資料によると366校が進学者数を公表)の半数以上がN2の資格を持たずに専門学校などに進学している。こうした進学者は偽造留学生である可能性が高い。(p102)

 本書では、おそらく日本語学校の8割が偽造留学生を受け入れている悪質な日本語学校である可能性が高いという記載があった。たしかに可能性はあるだろう。しかし、注意点もある。ここで問いたいのは、教育の質は試験の合格者数でわかるのだろうか?ということだ。たしかに進学をさせることが目的であれば、N1・2レベルの日本語の取得は必須である。しかし、試験の合否と進学者数との乖離だけをみて、悪質かどうかを判断するの難しいのではと感じた。

 まず、漢字圏出身者であっても、「英語ができないから」「国内の大学に進学できないから」「親に無理やり行けと言われた」などといった理由で日本留学に来る学生が多く、あきらかに以前よりも勉強のできない学生が多い。要するに経済がある程度発展した国の留学生からすれば「日本に魅力がない」のだろう。N1・N2に簡単に合格できるようなエリート層は日本を選ばない。

 また、近年留学ブームによって急増した 非漢字圏出身の学生にとって、「漢字」の習得がかなり大きな壁になっていることはあまり知られていないように思う。これまで留学生の中心は漢字圏である中国や韓国だったが、今は非漢字圏のネパールやベトナム、ミャンマーなどのアジア新興国が中心だ(ベトナムは漢字圏と言われるが、中国や韓国に比べるとほとんど知識がない状況に近い)。日本語教師側としても、漢字の基礎がない学生たちへの漢字指導に苦慮しており、ほとんどの日本語学校でうまく教えられていないのではないかと予想される。漢字が克服できなければ、初級レベルにとどまる。漢字ができないことで、結果的にアルバイト漬けになり(実態として偽造留学生となってしまう)、日本語力が低いまま進学してしまう学生が多いように思う。彼らにとっては、N1・N2の合格はかなりの難関で、N3に合格していればかなり優秀な部類に入る。

 さらに、日本語教育業界では、近年アクティブラーニングや国際交流基金によるCan-doなど、使える日本語を学ぼうという風潮が強い。この影響で、試験対策というよりも、コミュニケーション力養成を重視した授業を行っている日本語学校もある。また、N1・N2に合格しているのに全く話せない学生もいれば(このような学生は大学の面接試験で落とされる)、N1・N2相当レベルで級保持者ではない学生もいる。まじめに勉強していても、試験が苦手でなかなか合格できない学生もいる。また、大学ではJLPTよりも日本留学試験の点数を重視する。このことからも、N1・N2の合否でもって悪質かどうかを判断するのは難しいように思う。

④最後に(日本語学校は悪なのか?質の良い学生を集客するにはどうすればいいのか?)

 本書の言うとおり、留学希望者の日本語能力が低いにもかかわらず、受け入れている日本語学校が大半であることはたしかだ。学生がいなければ日本語学校は経営できない。日本語レベルが低い学生を取らざるを得ない状況だといったほうがよいのかもしれない。日本語学校が乱立し、学生の取り合いになっていることも事実で、留学生側もブローカー経由で留学することから、自ら日本語学校を選んで入学してくる学生は多くない。私からすれば、どの日本語学校も特色がほとんどなく、そのような状態でも留学ブームに乗っかってどうにか経営できてしまう構造に問題があるように思う。民間企業が営利を追求することは当然で、むしろ学生数を確保しようとするのは自然な流れであるように思う(日本語学校の大半は民間企業)。

 以前、どうすれば質の良い学生(来日時点でN1~3相当のレベル)が来るのか、総務の先生と話したことがあった。その先生いわく、「立地条件が良く(塾へのアクセスが良く)、日本国内の有名大学への進学者を数多く輩出しているような日本語学校に、日本語力の高い留学生が集中している。一度その流れを先に作ってしまえば、実績でブローカー経由で留学希望者にアピールできるので、良い学生が集まる。しかし、そうでない学校には実績がないので日本語力の低い学生しか来ない。」どの日本語学校にもあまり特色がなく、ブローカー頼みになっている限りは、その流れを変えることはなかなか難しいだろう。

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