非正規は交渉より困窮相談

カウンセラーのイラスト

 このようなタイトルの新聞記事が出ていた。賃上げ要求をする春闘などに、非正規社員が含まれていないため、労働組合の存在意義が問われている。現状、非正規社員の人たちの多くは、労働組合に加入していない。

不当解雇の違法性を問うには

ブラック企業のキャラクター

 今回は、会社からパワハラに近い扱いを受け、その後配転命令を出されて懲戒解雇されたケースについて考えたい。

 結論から言うと、不当解雇として訴えても、労働者側が勝てるケースは少ないようだ。日本には、職種や勤務場所を固定せずにその時々で人事異動を繰り返す独特の雇用慣行がある。そのため、配転命令を出す会社側の裁量がかなり大きく、その無効を主張するには下記の点に該当する必要がある。

①業務上の必要性
②退職に追い込むなどの不当な目的・動機に基づく
③労働者に著しい不利益をもたらす

 また、配転命令を受けて実際に出社し、仕事が用意されていなかったとしても、少なくとも1週間程度は出社し続けて様子を見たほうが良いようだ(労働者側としてはかなり精神的にきついだろうが)。仕事が1日だけ与えられていなかったからと言って翌日から出社せずにいると、労働者側に不利になることが多く、裁判官に与える心象も良くないからだ。

 コロナ禍において、人員整理が行われているが、その中には上記のように不当解雇されているものの、泣き寝入りをしている人も多いのではないだろうか。

社会保険に加入させない派遣会社

 知り合いが前職を退職した後派遣会社に登録し、働くことになったのだが、会社が社会保険(年金、健康保険)の手続きをするまでの空白期間はどうすればよいのかと質問が来た。そもそも会社には労働者の入社日初日(試用期間も含め)から社会保険に加入する義務があることを伝えると、派遣元からこのような返信が返ってきたと教えてくれた。そこには、最初の2か月間を有期契約にしているため、社会保険への加入義務が生じないと書かれていた。ここで疑問が生じた。なぜ、最初の2か月間が有期契約なのかと。

 推察するに、社会保険は労使折半になる。そのため、少しでもコストを下げたい派遣会社は意図的に最初の2か月間を有期契約にしているのだろう。健康保険法第3条で「臨時に使用されるもので、2か月以内の期間を定めて使用される者」は被保険者とならない旨が記載されている。よって、2か月間の有期契約の場合、社会保険への加入義務は生じないが、そもそもこの規定は「継続雇用を前提としていない」労働者に対して適用されるものである。違法とは言えないものの、さも当然かのように最初の2か月間は有期契約だと伝え、労働者側からすればそれを受け入れざるを得ない状況にしている点で悪質だと言える。

出井康博『ルポ ニッポン絶望工場』講談社+α新書(2016)

■違法就労する偽造留学生
 ブローカー経由でやって来た留学生の大半(特に近年顕著に増加しているベトナム人留学生)は、母国からの仕送りもなく、自分で生活費や学費をまかなっている。そのため、1週間28時間以内という法律を守らずにアルバイトに明け暮れる。それでもお金に困ったら、不法滞在者への道を選んでしまうことになる。著者は、彼らを「現代の奴隷」だと称している。
 本書に記載のあるとおり、私が勤めていた日本語学校においても、違法就労と知りながら1週間28時間のアルバイト時間を守らないベトナム人留学生が多かった。学費や生活費のためには、働かざるを得ないのだろう。聞いた話では、何年か前なら、多少アルバイト時間がオーバーしていても入管は見逃していたようだ。しかしながら、近年は留学生30万人計画の達成が目前になる頃からなのか、”突然”就労時間の取締りが厳しくなり、ビザ更新ができなくなる留学生が出てくるようになった。おそらく”見せしめ”として、一部の不法就労した留学生を摘発しているらしい。1週間28時間以上のアルバイトをしていたにもかかわらず、ビザが更新できた学生もいれば、できなかった学生もいる。その基準は曖昧で、入管による裁量なのだ。私たちは、ビザが出なかった学生に対しては、「運が悪かったね」という言葉をかけるしかない。

■留学生の実態について取り上げないマスメディア
 よくテレビや新聞では、「現代の奴隷」として技能実習生を取り上げることが多い。しかし、留学生の実態については取り上げられることはほとんどない。本書によれば、それは、そもそも新聞配達が、留学生たちの奴隷労働に支えられているからだと言う。新聞奨学生としてやって来た留学生たちは、学費を負担してもらい、アパートの提供を受ける。その引き換えとして、新聞配達に従事するのだが、そこでは違法就労と残業代未払いが横行しているらしい。近年新聞販売所の経営は、定期購買者の減少と広告の減少で、悪化しており、人手不足が深刻だ。奨学生として来日している彼らは、”途中で逃げ出すことができない”。もし販売所が、1週間28時間を越えた残業代を彼らに支払えば、違法就労を認めたことになってしまうため、法律を逆手に残業代を支払わないというのが背景にある。
 以前、私は「留学生の就職活動の実態」として、仲介業者に留学生1人あたり約30万円を支払って、職業のあっせんを受けていることを問題視し、ある新聞社に取材依頼をした。すると、後日取材したいということでインタビューを受けたのだが、結局記事にはされず、うやむやになってしまった。今思えば、記事にするだけのインパクトがなかったのか、それとも”新聞社としてあえて取り上げなかった”のかはわからないが、著者の指摘どおり、留学生の実態についてマスメディアはもっと取り上げるべきであるように思う。

裁判外紛争解決手続き(ADR)がコンビニで導入

東京新聞2020年11月29日p3

 来年4月からコンビニ業界においてADRが導入されることになったらしい。本部による加盟店への24時間営業や仕入れの強制などが問題になり、公正取引委員会や経済産業省の有識者検討会による改善策の提示要求が背景にある。

■ADRとは?
 ADRとは、Alternative Dispute Resolutionの略で、裁判外紛争解決手続きと呼ばれる。裁判による審議には、お金も時間もかかる。しかし、ADRの場合、費用が無料でかつ手続きが迅速であり、関係者以外にその内容は非公開となる。そのため、近年紛争解決ニーズに的確に対応するための手段として注目されている。

■近年は労働者個々人と企業間の紛争が増加
 労働紛争というと、かつては賃上げや一時金要求などの交渉が中心で、1980年代以降は長期雇用システムを前提とした労働組合と企業による紛争が主流だった。それが、1990年代以降は雇用情勢の悪化・非正規雇用の増加を背景に、いじめ・嫌がらせや賃金不払い、解雇といった契約上の取り決めや法違反に関する「権利をめぐる紛争」、つまり労働者個々人と企業との間の労働関係おいて生じる紛争が増えている。(厚生労働省 平成27年11月26日 第2回透明かつ公正な労働紛争解決システム等の在り方に関する検討会 配布資料p2参照 https://www.mhlw.go.jp/file/05-Shingikai-11201000-Roudoukijunkyoku-Soumuka/0000105384.pdf)。

 今回のように、業界単位でADRが導入されることは喜ばしいことだ。他の業界においてもぜひ導入が進んでほしい。労働者個々人と企業との間での紛争が増えている今、ADRがもっと身近な紛争解決手段として活用されるように、周知・情報提供していくことが今後必要だろう。なお、ADRで解決できなかった場合は、労働審判(裁判よりも簡易な手続き)で解決を図れる。労働審判でも解決できなければ民事訴訟へ移行することになる。

厚生労働省 平成27年11月26日 第2回透明かつ公正な労働紛争解決システム等の在り方に関する検討会 配布資料p2


「生活者としての外国人」に対する日本語教育の課題

 約2年半、毎週末日本で生活する外国人労働者(生活者としての外国人)にボランティアで日本語を教えていた。また、国際交流の一環として、文化紹介などのイベントの開催・運営にも携わった。きっかけは、日本語教室の開催場所が自宅から近かったのと、働いている外国人の日本語指導に興味があったからだ。わたしは当初「地域の日本語教室」に対し、学校教育型の日本語教育ではなく、協働学習のようなイメージを持っていた。そして、日本語教室では異文化交流や地域社会への参画が目指されていて、学習者と指導者の関係は対等であるイメージも持っていた。実際に平成19年度に国から委託調査研究を行った日本語教育学会の報告書においても、地域日本語教育に期待される機能として、下記の例を挙げている。
1)自分が自分として認められる場―居場所
2)よりよい生活を確保するために必要な情報が入手できる場
3)異文化理解の場
4)問題解決の場
5)社会参加を実現していく場
しかし、現実はその逆だった。

【個人塾化している地域ボランティアによる日本語教育】
 まず、ボランティアを始めて驚いたのが、日本語指導の内容の中心がJLPT対策(試験対策)だったことだ。また、使用していたテキストも日本語学校のものと同じだった。その教室では、学習者が毎週必ず出席することを前提にした積み上げ式の日本語指導を行っており、学習者と指導員も対等というよりも教師と生徒という上下関係であり、学習者自身は塾に通う感覚で教室に来ている者が多いように思えた。それが顕著に現れていたのが、交流イベントだ。もちろん学習者の大半は働いているので忙しいのは理解できるのだが、イベントがあっても、指導員からお願いしないと協力しない学習者が大半だった。何のための、誰のための交流イベントなのか、疑問に思わざるをえなかった。おそらくこの傾向は、多くの地域ボランティアによる日本語教室にあてはまるのではないだろうか。話題・機能シラバスに基づく学習者のニーズに合わせた協働学習による指導よりも、試験対策などのほうが日本語教育のモデルとして参考にしやすいことが一因のように思う。また、学習者にとっても目標が明確で、教える側の負担も少ないのかもしれない。その延長線上にイベントがあるため、学習者による賛同が得にくいのだろう。

【当日連絡なしに休む学習者が大半】
 また、毎週決まった時間に授業を実施していたが、当日に突然学習者が欠席したり、連絡なしに来なくなったりするなど、ボランティアの指導員しか教室にいないというときも多々あった。学習者の大半は働いているため、突然仕事が入ったり、寝坊してしまったりなどすることは当然あり、そもそも定期的に教室に通うのが難しいのが彼らの現状だ。週に1回しか休日がないにもかかわらず、遠方から通う学習者もいた。本来であれば、彼らの都合の良い時間や場所で教室を開講し、彼らの個別のレベルやニーズに答えた授業を実施するのが一番良いのだろうが、それをするだけの余裕もコストも地域ボランティアにはない。そのことは重々承知してはいるものの、結局誰一人教室に来ない日があると、教えるほうもむなしくなってくる。学習者の中には、私たちが無償で日本語を教えていることを知らない者もおり、協働学習以前の問題であるように感じた。

【日本語教室に通えるのは一部の外国人だけ】
 日本においては、生活者としての外国人に対し、公的な日本語教育は保障されていない。その役割は、地域におけるボランティア団体に丸投げされてきた。今後もその状況は続くだろう。しかし、残念ながら、地域におけるボランティア活動で、日本語教育が必要な外国人全員をカバーできているかというとそうではない。むしろ、日本語教室にやって来るのはその一部にしかすぎない。交通の便が良い場所に住み、学習意欲が高く、週末に休める職に就いているような人たちだ。下記の表によれば、1~8のような条件を持つ外国人の場合は、日本語教室には通えない、あるいは通わない。
1.日本語能力が低い
2.地域の同胞と離れたところに住んでいる
3.同居者と日本語を使わない
4.職場で日本語を使わない
5.就労形態が不安定・不規則
6.交通の利便性が悪いところに住んでいる
7.子育て・介護などをしている
8.日本には短期滞在のつもりで来ている

米勢治子「地域日本語教室」の現状と相互学習の可能性―愛知県の活動を通して見えてきたこと―名古屋市立大学大学院人間文化研究科『人間文化研究』抜刷6号2006年12月

 上記からも、すべての外国人のニーズに地域のボランティアで答えることには限界があることは明らかだ。また、教室での日本語教育の内容も理想と現実の乖離があり、地域社会との交流ができている団体の数は多くないだろう。

コロナ禍で自己都合退職にさせられ、失業給付を受給できない労働者が急増

  離職理由が「自己都合」か「会社都合」かによって、失業給付の受給条件が変わってくる。最近、コロナの影響を受けて閉店・経営悪化で解雇されたのに、会社から自己都合退職にされて、失業給付を受取れない非正規の人が増えているらしい。労働者側も、失業給付の受給条件について十分な知識を持っていないことも多く、ハローワークに行って気が付くことも多いようだ。ただ、問題なのは、会社と交渉したとしても、労働者側が泣き寝入りするパターンが大半だということだ。離職証明書を提出するのは会社側(事業主)で、いくらハローワークを通じて労働者が離職理由について異議があると訴えたところで、会社側が訂正することはない (労働者が異議を唱える制度はあるが機能していない)。会社都合退職に訂正するには、労働者側による「離職理由を裏付ける客観的な資料等の提示」が必要になるが、そのような資料を準備できる労働者はほとんどいないだろう。

【自己都合退職の場合】
・原則として、離職前2年間に被保険者期間が12か月以上必要。
・失業給付の支給期間は、90日~150日 ※年齢、被保険者期間による。

倒産・解雇等による離職者(就職困難者を除く)図表

【会社都合退職の場合】
・離職前1年間に被保険者期間が通算して6か月以上必要。
・失業給付の支給期間は、90日~330日 ※年齢、被保険者期間による。

倒産解雇等以外の事由による離職者(就職困難者を除く)図表
離職理由の判断手続きの流れ
ハローワーク インターネットサービスhttps://www.hellowork.mhlw.go.jp/insurance/insurance_basicbenefit.htmlより

 会社に不満があれば裁判を起こすことも可能だが、裁判に持ち込むと時間と手間、さらにお金もかかってしまう。会社との交渉はあきらめて、次の転職先を探す人が多い。そもそもなぜ会社側は、会社都合にしたがらないのだろうか?おそらく、下記の理由によると思われる。

・一部の助成金の対象外となる
・裁判で訴えられる可能性がある
・ブランド力や社会的信用を落とす恐れがある
解雇予告手当金を支払う場合もある
※通常解雇する場合は、30日以上前に解雇予告をしなければならない。もし解雇予告をせずに解雇する場合は、解雇者に対し手当を支払わなければならない。

 雇用形態や働き方などが多様化する今、現在の雇用保険の補償からこぼれ落ちてしまう人たちを見過ごしたままでいいのだろうか。

大半の日本語教師は質が低いのか?

 日本語学校は進学校であり、留学生にN1・N2レベル相当の日本語力を身につけさせることがミッションである。しかし、学生の大半はそのレベルに到達していない。日本語教師の質が低いのではないか?と言われることが多い。本当にそうだろうか?

 非常勤も専任講師も日本語教師養成講座(実習が実施されることが多い)を修了している人が大半で、またこれまで私が出会った教師の大半は熱意のある人ばかりだった。仮に教師の質が低くなっているとすれば、その原因は、教師そのものではなく、賃金の安さと日本語業界の構造にあるように思う。

【重労働・低賃金】
 残業代などほとんど支払われないが仕事量が多く、授業の質を追求するのが難しい環境にあることが一番の原因であるように思う。授業のコマ数に合わせた時給制で低賃金のため、必然的に非常勤の教師の構成比は、稼ぐことが目的ではない60歳以上の人や専業主婦が多くなっている。ただ、退職者で専業主婦であるがゆえに授業の質が低いかといえば、決してそうではない。むしろ、稼ぐことが目的ではないため、熱意のある人が多く、これまでの仕事での経験や子育ての経験などを生かし、学生から人気のある教師も多い。

【授業の質より学生数】
 また、日本語学校が乱立し、留学ブームで多くの留学生が日本に押し寄せる中、利益を追求し、ブローカー経由で募集する学生数を大幅に増やす日本語学校が増えているように感じる。しかし、学生数を急増させると、学生管理が大変になり、また授業も効率性が重視されるため、曜日とコマ数ごとに担当者とカリキュラムが決められ、教師はそれをこなしていくだけになる。授業の質を追求するよりも、大量に学生を入学させ、卒業させるほうが、学校にとって利益になるような構造になってしまっている。ブローカーにお金を払えば留学生が募集できるため、他の日本語学校にはない特色を作ろう!と頑張る学校は少ないように思う。この状況を変えずに、教師の質が低いから研修を必須にしようなどという議論は見当違いだろう。日本語学校の経営者からすれば、日本語教師に専門性は求めておらず、彼らにとって日本語教師はいつでも代替可能な人材なのだ。

【出稼ぎ目的の留学生】 
 教師の質が低いから、留学生の質も低くなるという声も聞く。しかし、そもそも近年急増している新興アジアからの留学生の大半が出稼ぎ目的であり、日本語能力が低い。日本では留学生にアルバイトをすることを認め、留学生30万人計画のもと、大量の留学生の受け入れを進めてきた。日本語が全くできない非漢字圏の学生が来日し、1週間に28時間もアルバイトしながら2年間でN1・N2に合格するのは相当ハードルが高い。アルバイト漬けで寝不足になりながらも、必死に勉強している学生も多いが、漢字の取得がネックになり、初級レベルにとどまる学生も多い。そもそも日本語0で来日し、母語を介せず日本語で授業を受けるような学生は、基礎ができていないため、その後中上級レベルには到達しづらい。

  熱意のある日本語教師ばかりを見てきた私からすれば、教師の質が低いと言われるとどうしても現状についても知ってほしいと感じてしまう。

 なお、理想的な日本語教育は、初級に関しては母語を介して学ぶことだ。現在、日本国内の日本語教育では「直接法」、つまり日本語を日本語で教えることが主流である。中上級レベルであれば効果的だが、初級の場合は母語と比較できないため、理解が不十分になる場合が多く、また発音が悪くなるケースが多い。もし質の良い留学生を確保したいなら、現地に日本語学校を創設し、そこで現地の人を雇って日本語の初級教育を行う。その後、日本へ留学させるというのが一番理想的な流れだろう。あるいは、来日後、初級の授業に関しては留学生の母語を話せる人を教師にし、クラスも国ごとにわければよいが、大量に学生を入学させて利益を上げたい日本語学校側からすれば非効率なのだろう。

出井康博『移民クライシス』角川新書(2019)

 以下、本書を読んだ感想。

 途上国のための人材育成・技能移転といった建て前で、実際は技能実習生は単純労働者として日本で働いている。一部の企業で人権侵害が行われているなど、マスメディアで取り上げられることが多い。しかし、これまで留学生にスポットがあたることはほとんどなかった。その意味で、この著書は積極的に留学生や日本語学校について調査し、まとめている。その点で大変意義があるように思う。なぜ、技能実習生としてではなく、留学生として日本に来るのか?おそらく、本書を読んだ理解では、技能実習生は3年間しか働けないが、留学生であれば、日本語学校2年、進学すれば専門学校でさらに2年、大学の学部研究生やサテライト校などであればさらに数年から4年働くことができるからなのだろう。

 「外国人なしでは日本は成り立たない」という前提に対し、筆者は疑問を投げかけている。日本人が望む「便利な生活」は低賃金・重労働に耐えて働く外国人の存在がなければ成り立たない。また、人権派が唱える「共生」は、家族と来日し、日本人と同様の待遇で働き、移民になることだが、筆者の取材経験では日本で移民になることを望んでいる外国人労働者はほとんどいなかったと述べているのが印象深い(おそらくここで言う移民とは永住目的の外国人)。たしかに、わたしが出会ってきた生活者、留学生たちの中にも、永住を望んでいる人はほとんどいなかった。その大半が、短期間日本で働いてお金を稼ぎ、母国へ帰って家族と暮らすことを希望していた。「共生」できれば、低賃金・重労働を押しつけてもよいのだという発想に警戒を鳴らしていることは、重要な指摘であるように思う。

 以下、細かい内容になるが、少し疑問に感じた箇所について述べる。

疑問点①「除籍」で適正校になれるのか?

 日本語学校は入管から適正校から非適正校へとみなされることをおそれるため、不法残留になりそう、あるいはなった学生を「除籍」にする。「退学」は日本語学校の責任とみなされるが、「除籍」であれば責任が問われない。(p86)

 勤めていた日本語学校では、問題のある学生は「退学」にしていた。学校に来ない場合は、担任が自宅訪問をして退学届けを記入させ、帰国日には穴の開いた在留カードの写真を送るように学生に伝えていた(かつては、空港まで学生を連れて行き、飛行機に乗るまで監視するようなこともしていたみたいだが、人道上問題があるということで今はしていないらしい)。勤めていた学校では基本的に「除籍」扱いにしているところを見たことがないので、本当に正式な退学手続きを取らずに名簿から削除するだけ(除籍するだけ)で責任が問われないのかは少し疑問に思った。それが本当なら、そちらのほうが楽なので私が勤めていた学校でも退学にせず除籍扱いにしていたはず。

疑問点②他の日本語学校に転校できないのか?

 日本語学校には留学生を強制送還する権限がある。学校に問題があっても、転校すら認められないのである。(p96)

 筆者の言うとおり、学費の取りはぐれを防ぐため、悪質な日本語学校は強制送還すると脅して留学生を転校させないのだろう。注意点としては、転校自体はできないわけではない。日本語能力が低いため、自分で転校するための情報を学生自身が集められないというのが正しい。実際に他の日本語学校からの転校生も在籍していたし、他の日本語学校へ転校したいという学生もいた。ただし、転校したいと言って実際に転校したケースはかなり少ない。

疑問点③N1・2合格者がいないと悪質な日本語学校なのか?(教育の質は試験の合格者数でわかるのか)

 専門学校などの授業についていこうとすれば、最低でもN2の日本語レベルが必要だが、日本語学校全体(文科省の資料によると366校が進学者数を公表)の半数以上がN2の資格を持たずに専門学校などに進学している。こうした進学者は偽造留学生である可能性が高い。(p102)

 本書では、おそらく日本語学校の8割が偽造留学生を受け入れている悪質な日本語学校である可能性が高いという記載があった。たしかに可能性はあるだろう。しかし、注意点もある。ここで問いたいのは、教育の質は試験の合格者数でわかるのだろうか?ということだ。たしかに進学をさせることが目的であれば、N1・2レベルの日本語の取得は必須である。しかし、試験の合否と進学者数との乖離だけをみて、悪質かどうかを判断するの難しいのではと感じた。

 まず、漢字圏出身者であっても、「英語ができないから」「国内の大学に進学できないから」「親に無理やり行けと言われた」などといった理由で日本留学に来る学生が多く、あきらかに以前よりも勉強のできない学生が多い。要するに経済がある程度発展した国の留学生からすれば「日本に魅力がない」のだろう。N1・N2に簡単に合格できるようなエリート層は日本を選ばない。

 また、近年留学ブームによって急増した 非漢字圏出身の学生にとって、「漢字」の習得がかなり大きな壁になっていることはあまり知られていないように思う。これまで留学生の中心は漢字圏である中国や韓国だったが、今は非漢字圏のネパールやベトナム、ミャンマーなどのアジア新興国が中心だ(ベトナムは漢字圏と言われるが、中国や韓国に比べるとほとんど知識がない状況に近い)。日本語教師側としても、漢字の基礎がない学生たちへの漢字指導に苦慮しており、ほとんどの日本語学校でうまく教えられていないのではないかと予想される。漢字が克服できなければ、初級レベルにとどまる。漢字ができないことで、結果的にアルバイト漬けになり(実態として偽造留学生となってしまう)、日本語力が低いまま進学してしまう学生が多いように思う。彼らにとっては、N1・N2の合格はかなりの難関で、N3に合格していればかなり優秀な部類に入る。

 さらに、日本語教育業界では、近年アクティブラーニングや国際交流基金によるCan-doなど、使える日本語を学ぼうという風潮が強い。この影響で、試験対策というよりも、コミュニケーション力養成を重視した授業を行っている日本語学校もある。また、N1・N2に合格しているのに全く話せない学生もいれば(このような学生は大学の面接試験で落とされる)、N1・N2相当レベルで級保持者ではない学生もいる。まじめに勉強していても、試験が苦手でなかなか合格できない学生もいる。また、大学ではJLPTよりも日本留学試験の点数を重視する。このことからも、N1・N2の合否でもって悪質かどうかを判断するのは難しいように思う。

④最後に(日本語学校は悪なのか?質の良い学生を集客するにはどうすればいいのか?)

 本書の言うとおり、留学希望者の日本語能力が低いにもかかわらず、受け入れている日本語学校が大半であることはたしかだ。学生がいなければ日本語学校は経営できない。日本語レベルが低い学生を取らざるを得ない状況だといったほうがよいのかもしれない。日本語学校が乱立し、学生の取り合いになっていることも事実で、留学生側もブローカー経由で留学することから、自ら日本語学校を選んで入学してくる学生は多くない。私からすれば、どの日本語学校も特色がほとんどなく、そのような状態でも留学ブームに乗っかってどうにか経営できてしまう構造に問題があるように思う。民間企業が営利を追求することは当然で、むしろ学生数を確保しようとするのは自然な流れであるように思う(日本語学校の大半は民間企業)。

 以前、どうすれば質の良い学生(来日時点でN1~3相当のレベル)が来るのか、総務の先生と話したことがあった。その先生いわく、「立地条件が良く(塾へのアクセスが良く)、日本国内の有名大学への進学者を数多く輩出しているような日本語学校に、日本語力の高い留学生が集中している。一度その流れを先に作ってしまえば、実績でブローカー経由で留学希望者にアピールできるので、良い学生が集まる。しかし、そうでない学校には実績がないので日本語力の低い学生しか来ない。」どの日本語学校にもあまり特色がなく、ブローカー頼みになっている限りは、その流れを変えることはなかなか難しいだろう。

澤田晃宏『ルポ 技能実習生』ちくま新書(2020)

 

 徹底的に取材されており、現状の問題点について鋭い指摘が多々。特にベトナムについての理解が私の中で深まったように思う。私自身、日本語学校に勤めて学生と接してきたが、教師と学生という関係のせいか、なかなか学生たちの本音が聞けていないと感じていた。本書は、技能実習生について書かれているが、日本語学校に在籍するベトナム人学生にあてはまることも多いように感じた。

 例えば、本書の送り出し機関は、日本語業界では「留学院」や「ブローカー」などと呼ばれる機関に相当し、構造が似ている(監理団体に該当するものがないだけ)。また、私の勤めている学校でも、留学生の半数をベトナム人が占め、またその大半がアルバイト三昧で、両親が農家と答える学生が多かったことからも、彼らが経済的に裕福な学生ばかりではなないのではと前から薄々感じてはいた(いくら注意しても、1週間28時間のアルバイト時間を超えてしまう学生が毎年一定数存在する)。

 また、進学を断念し、就職を希望する学生も多いが、そのような学生に対し、学校側は特定技能の説明会を開いたりしていた(ただしあまり興味を持っていない学生が多かった)。

 彼らの大半は、日本での就労が目的で、そのために日本語学校の卒業後は専門学校に進学していく。高卒では日本で働くことはできないからだ。また、日本語能力的にN2レベルに到達する学生はほとんどいないため、大学進学を断念し、専門学校への進学を選択する。本書に記載のある月額最低賃金(月約1~2万)を見ていると、日本語学校や専門学校に支払う学費が、彼らにとっていかに高額なのかを改めて思い知らされた。ちなみに同僚のベトナム人に聞いてみると、都市部であれば月10万円ぐらいの収入の家庭も多いらしい。そうだとしても、日本の学費は決して安くない。

 本書を読んだ感想は、送り出し機関や監理団体の中間搾取の実態があまりにもひどいことに驚いた。また、受け入れ企業の大半は中小零細企業で、労働法に疎く、また実習生たちは職場を選べないという構造は非常に問題だと感じた。新設された特定技能においては、自己都合での転職ができるものの、日本語力の高くない外国人が1人で職探しをするのは不可能に近い。前回記載したような、就職斡旋業者に高い手数料を払って頼む人がまた増えてしまうだけだろう(ベトナムでは、地位やチャンスは賄賂で買うものという意識が根強いため権利侵害や不正にきがつかないという記載があったが、以前就職斡旋業者に30万円を支払っていた他の東南アジアの学生においても同様の意識が根深かった)。以下、本書からの抜粋。

技能実習生受け入れの流れ(団体管理型)

本書のp96より

■ベトナム人技能実習生の実態
 3年間で300万円の貯金を目標に日本へやって来る。報酬は大半が最低賃金。東京を例にすると、最低時給が1013円、月額約17万、社会保険をそこから引くと手取りが14万5000円。さらにここから住居費が引かれる。※ベトナムの場合、賃金から控除する家賃の額が2万円を上回らないことを求めている(東京、大阪、京都、名古屋は上限3万円)。実習生が月に使う生活費は約2〜3万円。手取りが11万5000円になる計算。

■送り出し機関とは
 ベトナムの海外労働者向け人材派遣会社を指し、民間の営利企業。

■管理団体とは
 技能実習の監督役。以下、その役割。
①企業に対する定期監査。計画通りに技能実習を行われているかどうかの確認。
②入国した実習生への講習の実施。
③技能実習計画の作成指導。
④実習生からの相談対応。
 技能実習を実施機関の約6割が、中小零細企業で、実習生の95%は団体管理型で受け入れられている。管理団体は許可制で、商工会議所や中小企業団体などの非営利団体に限られる。その85%は、ジッコ(JICCO)によると共同購買事業などを目的にする事業協同組合。その管理団体の許認可権を持つのが、2016年11月28日に新設された外国人技能実習機構。管理団体の収入は、管理企業から受け取る管理費のみ。実習生1人あたり3年間の管理は、100〜150万(36.2%)、50〜100万(33.2%)。1人あたり月平均2〜5万円程度。また、一部の管理団体の幹部は、キックバックとして裏金を享受している。1人約11万。

■人気不人気職種
 人気なのは、残業が多く、屋内の軽作業。例えば、機械加工、水産加工など。不人気なのは、屋外で残業も少ない建設や農家。特に建設は給料に含まれない移動時間が長く、拘束時間が長い。雨などで仕事がない日の賃金は払われない日給制。

■ベトナムの月額最低賃金
・ハノイ市など  442万ドン(2万2100円)
・農村部  307万ドン(1万5350円)
・ベトナム人の平均年収  6636万ドン(33万1800円)※ベトナム労働総同盟(VGCL)傘下の労働組合研究所のアンケート調査2018


■入国前の日本語などの教育
 教育費は、約520時間の日本語教育に対し、事前教育として590万ドン(約3万円以下)と定められている。つまり、手数料と教育費を合わせても約43万円だか、実際は1人あたり平均90万円くらい払っている。多額の借金を負った結果、来日後に失踪するケースも多い。下記、高額になる理由3つ。

理由1.送り出し機関は、総務部、営業部、教育部に分かれていることが多い。そのうち、営業部の中の募集部が実習生の負担費用を釣り上げている可能性がある(募集費用が膨らんで)。候補者が面接に合格すれば1人あたり11万円程度の報酬が入るが、ブローカーへの紹介手数料、交通費などの出費も多い。

理由2.また、送り出し機関同士の競争が激化し、設立に巨額の賄賂を払っていることもある。

理由3.日本の管理団体への裏金。多額のキックバックが玄関で支払われている。
※逆に手数料が低いとこんな安いお金で日本に行けるはずがないと言われることも…地位やチャンスは賄賂で買うものという意識が根強い。

■劣悪な環境でも技能実習生が声を上げない理由
・権利侵害や不正に気づかない。
・仕事を失うことを恐れる。
・周辺コミュニティに帰れなくなる。